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2018年11月16日 (金)

図というものに関しての議論

 昨日、ふお様より、「図と絵の違い」にコメントいただいた。
 ここで頂いた、お題は
  「図はこういうものだ」
という観点からの議論である。確かに、私は一応工学部でのエンジニアであったので、
  「図面というもの」
に関しては、暗黙的な理解があり、そこの説明が雑になった傾向がある。もう少し言えば、図というものを、深堀していくと、現在色々と議論している、プラトンからの記号化の議論と深くかかわってくる。
 そこでしばらくこの問題について議論してみたい。
 
 まず誰もが思いつく図の一例は、地形図を代表とする地図であろう。これは、図として備えるべき条件が多くそろっている。

  • 実際の地形を決められた縮尺で写している
  • 表現は決められた記号による
  • 施設・設備や地形変化の細部の省略が行われている
このように、規則により現場現物の細部を上手に抽象化し、誰でもがルールに従って読めば、共通的な理解を得る。これが図の特徴であり力である。
 
 これは工業の世界では、大きな力を発揮している。設計図という形で、製品を作るための情報を、正確に記述し、それを実作業を行う人間、試験確認を行う人間に渡して、一つの物を完成させる。
 またモノを作る前にも、図面の状況で完成品のイメージを伝えて多くの人が議論できる。
 これが図面の力である。
 そのために多くのルールが絡んでいる。特に縮尺と投影図の考えなどは、現物情報を何とか図面上に記述する試みとして大切なものである。このように描かれた図面を読む力も、独自のスキルとして磨く必要がある。
 まだまだこの話は長くなるので次回に続く。

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