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2018年11月15日 (木)

本の読み方の違い 直接的なものを求めすぎ

 先日から、文庫クセジュのエピステモロジーを読んでいる。これを読んで気が付いたのは、プラトンの「ティマイオス」の影響である。
 私もこの本についてはよく知らなかった。しかし、よく考えると、「国家」を読んだだけでは不十分で、その実例として描かれた「ティマイオス」と合わせて読むべきだろう。
 確かに、ティマイオスの描いた宇宙論や人体論は、現在の科学の目で見れば荒唐無稽だろう。しかし考え方には現在でも十分通用するものがある。
 神の意志なる目的原因と、必然的な原因を区別することは、現在の社会の検討でも、内部的な原因と、環境外部からの原因の区別として、十分使えると思う。また、根本的に、「国家」のような理論的な提案に対して、「ティマイオス/クリティアス」の実例的な記述を並行することは、新しい理論の提案には大事なことだと思う。
 このように考えると、「ティマイオス」はもっと読むべきだと思う。
 さて、この本がなぜ読まれないか、それは日本の教育が
  「西洋文明の成果だけの吸収に走った」
ことに大きな原因があると思う。繰り返すが、「ティマイオス」で、宇宙論を見れば、
  「昔の人はこんな幼稚な考えだった」
というレベルになる。従って読む価値なしになるだろう。
 しかし学問の方法論とすれば、見るべきものは大きいと思う。
 
ティマイオスはこちらを参考にしてほしい
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エピステモロジーはこちら

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