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2018年11月28日 (水)

大衆を下に見る行政体制

 昨日書いた、大衆に知らせずに民主主義が成立するかという議論に、歴史的な観点から検討しておきたい。今回議論するのは、儒教的な制度、特に科挙である。
 日本の歴史の特異な状況として、中国文明の影響を受けながら、儒教や科挙を受け入れなかったことがある。この理由に関しては、後でもう一度議論するが、儒教や科挙の影響が強ければ、
  「孟子も読めない人間は相手にせず」
ということで、教養ある人間とそうでない人間の断絶ができたと思う。
 これは、プラトンの哲人政治とも通じるものだが、
  「教養ある人間は、本質を理解できる。そうでない人間は従え。」
という形になる。
 さらにもっと進めば
  「説明など面倒なことは行う必要なし。」
ということになる。
 このように、儒教と科挙の仕組みが入れば、下々に知らせる必要なしという政治になる。
 明治以降の、高級官僚は、ある種の海外文明の知識差で、下々と差をつけていた。これが、知らせる必要なしにつながったように思う。
 さて、我が国の文明が、明治に至るまで、科挙的なモノを拒否した理由を考えてみた。
 私はこれに対しては、大乗仏教の力が大きいと思う。
 まず一つ目のポイントは、聖徳太子と隋の関係である。遣隋使の中華文明への対応は、儒教精神から考えると、無礼極まるものである。中国の皇帝と、日本の王が対等などは、儒教的にはあり得ない。しかし、仏教なら十分あり得る。特に聖徳太子は法華経の自分なりの解釈まで書いている逸材である。当時の隋も、仏教を重視していたため、法華経の理解の深い理解を持って迫られれば、
  「皆に仏性あり」
という平等思想はある程度認めざるを得なかったと思う。
 次のポイントは、承久の変ではないかと思う。この段階で、武家が支配する形が確立した。しかも、御成敗式目には、明恵上人の思想が絡んでいる。
 この段階でも、儒教的な発想ではなく、仏教的な思想を母体とした支配が確立している。
 本来、武家政権は現実的なモノであり、儒教的な原理主義は、相性が悪い。確かに儒学でも、便利な部分のつまみ食いはするだろう。しかし、科挙に合格するような体系的知識には拒否権を発動する。
 このような経緯で、明治までは日本に科挙が入ってこなかったと思う。

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