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2018年11月30日 (金)

数学が成功したことを社会科学まで使えるか?

 数学の哲学について、少し考えてみた。数学は、完全に抽象化した世界で考えるものである。しかし、数学として成立する前には、現実にあるものの形や、お金の計算などの具体的なモノに根底があった。
 しかしそこから抽象化した体系によって、議論が進むようになる。特に数の世界では、一つ二つという風な数え上げる自然数から、負の数や分数などの拡張が行われている。さらに、有理数では表せない無理数の存在が、既に古代ギリシャの時代にもわかっている。
 この数学は、色々な発展を遂げたが、基本的な考えとして、抽象的なモノでも、その存在を仮定すると、議論がきちんとできるものを組み入れて、理論を構築している。例えば、実数や虚数などは、本当にそれがあるかはわからない。特に実数などは、その値を見せてくれと要求されても、
  「さる数列の極限です」
等という分かったようなわからないような答えが返ってくる。しかし、この値が
  「二つの集合の切断面にあるもの」
と一致するということで、色々な考え方の交点にあり、これがあると座りがよいので多くの人が認めている。
 さて、このように、
  「多くの理論的な検討が、座りよくできる概念は、実際にあるように扱う。」
発想は、数学では成功したが、これを社会科学などで用いてよいのだろうか?
 マルクスの付加価値等の話は、これで説明できるものは多い。しかしこれが実際にあるものと考えてよいのだろうか?
 数学以外の学問では、現実にあるものとの関係で、実在するモノによる検証を必ず行うことが必要ではないかと思う。
 理論的な美しさだけで、自分が正しいと思い込む、これは社会科学では許されないと思う。

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