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2018年12月11日 (火)

権威を維持するための苦労

 近頃、権威の維持に関して、あきれることがあったので、思うところを書いておく。
 まず一つ目は、私はよく内容は知らないが、「M-1グランプリ」などというものがあるらしい。そこで、トップになれなかった人間が、やけ酒を飲んで愚痴をこぼす。それをSNSで公開する馬鹿がいたという話である。
 このSNS公開という問題は、色々なものを含んでいるが、今回注目したのはその連中の愚痴の内容である。つまり、審査員にケチをつけている。この話が、今回の主題である。
 つまり、グランプリなどというものの権威は、そのシステムの関係者の努力で成立しているのである。確かに、審査員に関して、いろいろ言いたいかもしれないが、審査員の判定は、其の中でも一番大切なものである。審査員が一度下した判定は、皆がきちんと従う。これがあるから権威が守られるのである。これが、競馬のように写真判定できるものなら、機械判定で審判が覆っても仕方ない。しかし、芸の世界のように、絶対的な客観基準が難しいものは、審判者の権威による判定しかない。その判定者を貶めるような発言は、そのような取り組み自体の否定になる。
 いうならば主催者のテレビ局などにも喧嘩を売っているということである。
 これに関して、上沼氏が本質的な指摘をしている。
吉本は芸人養成をしているが、人間としての基本を教えていない
まさにこのとおりである。
 さて、その次は、もっと大きなところで、自らの権威を失う人たちが出てきた。今朝の新聞にあったが、K省に関して
法治国家ではない
とまで言われている。確かに、人を招いておいて、その処遇や権威に関して、後から引っくりかえすのは、契約というものを護らない、法治国家ではないというべきだろう。まるで韓国並みの政府である。
 権威というものは、不断の努力で維持しないといけないということ、あらためて考えて欲しいと思った。

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