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2018年12月13日 (木)

その場しのぎの言い訳の怖さ

 先日書いた、M-1グランプリの話に、もう少し教訓になる話が出てきたので書いておく。
 前に書いた話は、
 
    「グランプリの権威は関係者皆の努力で維持する者であり、
     審査員にケチをつけることは、権威を壊す自殺行為である。」
という趣旨であった。
 これに関連して、
    「今回の行為は、酒の上での失敗である。」
ということで、先輩たちの弁護も入っているらしい。
 しかし、ここでもう一つ大きな問題が出てきた。
 実はこの「M-1グランプリ」のスポンサーが、さる大手のお酒のメーカーだったという話である。しかもご丁寧に、件の漫才師が、SNS上に公開した場面には、その〇ン〇リーの缶が映っていたらしい。スポンサーの物を愛用する、芸人魂は立派だが、このような悪名を、スポンサー企業は喜ぶであろうか?
 ただでさえ、企業イメージの確保は重要事項である。しかも、芸能人の酒の上でのトラブルは近頃色々と出ている。これに大メーカーなら気を使っていないはずがない。
 ここまで考えて、吉本興業の関係者は対応したのかというと、どうもできていないように見える。
 部分的なことにしか目を向けず、広く影響を考えない人間に、トラブル対応をさせてはいけないという教訓だと思う。
 この問題に関して、上沼恵美子氏の発言が、やはり真相を突いていると思う。
「〇本は、芸人養成の学校を作ったが、人間としての育てができていない。」
つまり、部分的なモノしか教えていないから、全体を観た対応ができないということである。これは現在の色々なトラブルに通じているものがあると思う。

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