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2018年12月29日 (土)

いわゆる「ゼロイチ人材」に関して自分がしたこと

 今流行っている言葉に
  「ゼロイチ人材」
があるらしい。これは、今までにない仕事を、ゼロから立ち上げて完成させる人材ということで、現在必要な人財ということになっている。
 ここで私の昔の経験が、この『ゼロイチ人材』に近い状況だったので、少し詳しく書いておく。
 このブログで何回か書いたが、私は1975年に大学の修士課程を修了した。それまでの研究テーマは人工知能に関する話だが、その中でもモデル作りの議論があった。
 
 さて会社に入ったとき、新入社員研修中に一つトラブルがあった。私は、子供の時の条件などから、人付き合いが苦手で、皆と接触を避けるようにしていた。これに対して、人事系の者から
  「そのような姿勢はよくない。積極的に付き合うべきだ。」
と色々と指導を受けた。私はある意味これは『糾弾』と感じ反発した。
 さて、実務に配属された先で待っていたのは、マイクロプロセッサ応用製品の開発である。私は、電子情報系統の出身者ということで、マイコンのハードウエアの開発から始まることになった。しかし、学生時代はソフトしかやっていないので、回路設計など知らない。そこで一から入門書を読み、色々と調べながら回路を作った。今にして思うと、数人のチームで作る程度の量だった。しかし結果は散々な出来であり、多くのトラブルに見舞われ、多数の助けで何とか形になった。
 この経験が、物作りはどのようにあるかを教えてくれた。
 この後更なる製品開発に関係し、その時はソフトウエアに専念することになった。特に、上司たちは、ソフトウエアの標準化が重要と言っていたが、実際にどのようにするかは、誰もわかっていなかった。
 私も、手探りで色々な物を作ったが、ある程度の設定条項をパラメーターとして、プログラムの外に出すしかできなかった。
 そうのようにして2~3年が経過したとき、ある程度自分が作っているものが何か、その目的は何かということが、見えたと言う感じがしてきた。そこまでくると、作っている物の仕様書が書きやすくなり、読みやすくなった。
 一方、ある日の帰社時の電車の乗り換えの時、寒い空気にあたると

  「この仕様を高級言語に見立ててこれを記述するインタプリタを作ればよい」

とひらめいた。もう少し言えば、
 
  「FORTRANのFORMAT文の入出力データ用のものを作ればよい」
である。
 このひらめきを説明しても、誰も納得してくれなかったので、全て自分で作った。実工事の中で、標準品を作るのは、無駄な検討時間が必要になる。それをどうして生み出すか、残業を重ねるとともに、机上確認をしっかり行いデバッグ時間を短縮することで、その時間を生み出した。なお、当時の課長が内容はともかく、私の苦労は理解してくれたので、単純作業者の応援をしてくれたことも役立っている。
 さて、このようにして、今までにない標準化の成功で、製品納期と作業時間を半分以下に短縮することに成功した。但し私の作ったものは、粗削りであり、私の指導を受けたものしか使いこなせなかったが、私の成功を見て、他の者も同じような標準化を実行しだした、この成果は大きなものとなった。
 このような私の勝因を振り返ると、
  「飲みニュケ―ションなどでの先輩の本音を聞かず、
  建前の標準化に猪突猛進した。」
ことが大きいと思う、当時の皆の本音は
  「標準化は完全には無理、少しでも次に使えればよい。」
であった。これを知らなかったのは、付き合いの悪さの成果だと思う。
 ただし、この副作用もある。もし私が失敗したらもっと会社の損失を産んだだろう。
 最後に,同期の人事の人間が言った言葉がある。
  「君は思ったより能力があった。だから潰れなかった。」
 

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