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2018年12月10日 (月)

相手の立場で考えることについて反省

 先日、プラトンの「ティマイオス」について、詩情や絵と書いてしまった。
しかし、この本をよく読んでいくと、当時の知識でしっかりと『論理的』に議論を展開しようとする、努力が見えてくる。
 つまり、これが彼らの『科学』であり、『哲学者の思考』であった。彼らは、直感的なモノを排して、できるだけ論理的な議論を展開しようとした。これを現在の目で見るから、神話的なおとぎ話に見え、詩情の世界に見えてしまう。
 しかし当時の知識レベルからしては、最大限の科学的思考法を展開していたのである。
 現在の見方で、過去を見てはいけないということ、あらためて反省した。
 プラトンやソクラテスは、自分たちの哲学を実践して、自然のからくりを理解しようとした。そして到達できない深みを感じていたのだろう。この絶望を感じたから、洞窟の比喩が生まれたのかと思ってしまった。
 

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