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2019年1月25日 (金)

形式理論で議論する資格

 昨日書いた、想像力の話に関連して、逆の立場でもう少し議論していきたい。
 
 現在の学校で学んでいる学問は、物理学を模範とした形式的な推論を重視している。ここで出てくるキーワードは、「客観的」、「厳密」などである。しかし、残念ながら、このような厳密性が、本当に習得できているかについては、大いに疑わしいものがある。つまり
  前提 ー> 規則による推論 -> 結論
という図式において、曖昧なものが介入しているのが現実である。
 例えば、数学において、群論というものがある。ここで、群の定義には、「乗算」などという用語が出てくる。これを理解する時に、数値の掛け算というイメージがどうしても出てきて、引っ張られることが少なくない。
 また解析学などでは、
  「無限に大きい」
 
という概念をよく使うが、どうしても
  「数をどんどん考えていった先・・・」
というイメージになってしまう。これは数学で言う「可算無限」でしかなく、無限では小さいほうである。
 このような曖昧な理解で、形式論を振り回すからトラブルが起こる。
 しかし、形式論がきちんと使えるほど厳密な話ができても、その世界と現実のつなぎ込みができないとまたトラブルが起こる。
 形式論で議論するなら、そこから全体像を描き、形式論で漏れたものへの配慮を行う。このような作業は、工学のもの造りでは、暗黙的に行われていた。これをもう一度明確化すべき時が来たように思う。

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