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2019年2月 7日 (木)

児童虐待やDV問題に関して精神医療からの発言は?

 児童虐待による死亡事件は、本来は虐待ではなく、
  「殺人」または「傷害致死」
として、扱うべき問題だと思う。
 さて、ここで問題になるのは、現在の議論の流れである。
虐待されている児童を保護するための、児童相談所を強化すべき
というトーンの話を多く見る。
 確かに、これは一時的な対策としては大事なものである。
 しかし、根本は、
   「虐待する親の問題」
である。今回の事件でも
母親を逮捕する理由の一つが自殺防止なら、措置入院でないのか
という議論も出ている。
 これも同じ図式であり、私の言いたいのは
   「被害者の措置入院の前に、加害者の措置入院ができないのか」
という議論である。これは刑罰の基本とも絡む問題であるが、
   「犯罪者の治療の為の刑罰」
という発想はある。教育という言い方もあるが、精神的な疾患なら治療が優先するという考えである。これに関連して、
   「精神の障害が原因の罪は問えない。」
  その裏には
   「きちんと治療する」
という社会の責任がある。
 そして病気ならば、あらかじめ予防し状況によっては隔離することも必要である。
 この問題は、昔議論があったときは「予防拘束」という話に絡み、患者の人権ということで、かなり拒否反応があった。
 
 しかし、現在の精神医学はかなり進んでおり、一部の障害は治療可能である。このような面を、精神医療の進歩を含めて、きちんと公開していくことが、医療関係者に求められている。
 その上で、予防拘束の議論もすべきではないかと思う。
 なお、私は犯罪者の責任を問えない状況なら、正当防衛の権利ももう少し認めるべきだと思う。責任を問われない人間の攻撃に対して、反撃した場合の責任を問うのは矛盾があると思う。これを突き詰めると、アメリカ的な銃社会まで行く。
 そのようなことがないようにするためにも、予防拘束をもう少し考えるべきではないかと思う。

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