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2019年2月 4日 (月)

現代の人たちの欲望の対策は

 天台の摩訶止観などを読んでいると、人間の欲望を押さえるというか、あきらめさせるために「不浄観』という修業が出てくる。これは、絶世の美女でも体の中には排せつ物などが貯めっており、さらに死んだ後の死体が腐って行って、最後には白骨になる姿を『観る』ことによって、執着をなくさせることを狙っている。諸行無常というか、形あるものはすべてなくなることを、体感させ色欲を押さえる修行である。
 しかし、よく考えてみると、摩訶止観が書かれた6世紀ごろの人間関係は、確かに近くの関係者が多く、男女の関係なども大きな位置を占めていただろう。一方、現在を考えると、子供の頃から学校、そして大人になれば仕事という、強制された人間関係で、色々な支配関係が出ている。確かに、性欲問題でいろいろなものが起こっているが、それ以上に
   「権力欲・支配欲」
による
   「競争心」
の昇華が大切ではないかと思う。
 そこで大事なことは、権力の限界を知ることであり、無常ということだろう。
 実力なしの人間が無理して出世して、人に嫌われ酒におぼれて体を壊していく。このような姿を観想する。一方、人に納得されて、感謝されながら生きていくことの楽しさを観る。
 権力のむなしさと、慈悲の偉大さ、これを観ることが現在一番大切なものではないかと思う。

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