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2019年2月24日 (日)

「サイコパス」について 

 昨日の、『員数合わせ』の話に関して、本質を突っ込んでいくと、
   「記号的知識と実情の分離」
という問題点に行きつく。
 これに関連して、
   『サイコパス』
という言い方が気になってきた。つまり、
  「他人の痛みを感じなくて、冷酷に判断できる人間」
という人格のことである。
 このような人格をを表現するものとして、トロッコ問題がある。
トロッコが暴走していて、あなたは転轍機の前にいる。
トロッコの行き先には数人が作業していて、このままでは彼らが死ぬ。
もう一つの分岐路には一人が作業している。転轍機を切り替えれば彼は確実に死ぬ。
さてあなたはどうすべきか?
ここで、人数だけで冷徹に判断する人間を、『サイコパス』と言うらしい。
確かに、人数だけで判断するのは、冷酷な人間という評価もある。
 しかし、よく考えてみると、私たちは色々なものの犠牲の上に立って生活をしている。肉食問題もあるし、外国の低賃金労働力の問題もある。このようなことに目をつぶって生きているのが現状ではないかと思う。
 自分の見えるものだけに過敏に反応して、『サイコパス』と決めつけるのがよいのだろうか。本当に広く視野を持てば、自分がいかに罪深いかよくわかると思う。
 仏教の教えは、このような罪深さと、その上での救いを説いているように思う。

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