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2019年2月21日 (木)

学問の姿勢

 前に自分で構成する話を書いた。これは学問においても同じ面があると思う。例えば、数学や物理学などでは、理論を構築するための定理を、自分で証明することで、再構成させようとしている。

 しかし、このような再構築のためには、部分的な証明の前に、全体の構想を示しておく必要がある。方向が決まったものの証明なら、確実な手法で進めることができる。一方、方向付けが決まっていない状況で、全体像を創り上げるためには、色々な試行錯誤などが必要である。今の教育では、美術などで少しは教えるかもしれないが、モノづくりや理論構築のための、全体像の検討を教える場は少ないように思う。

 ただし、いきなり創造と言うのではなく、今まである全体像を理解したり、そのような発明発見をした人のケーススタディなどから、手法学ぶなどの訓練も必要である。

 このような能力開発が、本当の意味の経営者や総合職を生み出すために必要と思う。

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