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2019年2月 6日 (水)

智慧の活かし方について

 先ほど不動経を唱えていたら、
  「大智の剣を執って貪瞋痴を害し」
という一句が気になった。
 確かに、本当の智慧があれば、貪欲や怒りの心が収まることも多いだろう。
 しかし、今の社会では、
  「知恵があるから、出世欲や妬み怒りの心が生じる」
ことが多いと思う。
 これは学校制度により、成績による序列化を行い、それが社会での地位などに繋がっていく。これにマルクス史観などの搾取される話などが絡んでくる。こうした序列化による妬み・怒りというものは、変に知恵がある場合に発生することが少なくない。
 但し、このような競争心が、学問をさせ、仕事を活性化させ、チャレンジさせる推進力になっていることも事実である。このように考えると、現在の社会制度は旨くできている。明治以降の日本の国際社会への適応は、色々なトラブルがあったが、現在の得たものを考えれば、それなりに評価できると思う。
 現在の社会は、皆の欲をある程度刺激して、向上心を引き出すことで、生産性を挙げることなども行っている。一方、欲の暴走を抑えるための権力装置も持っている。このように考えると、何とか安定した体制を作るための苦労がよく見えてくる。
 このような広く観る、『本当の智慧』が必要ではないかと思う。もっとも、
  「その智慧を持たない人でも生きていけるようにする。」
これが大切かもしれない。
 また、逸脱した人もそれなりに生きていけるようにする。これが現在社会に求められているものではないかと思う。
 すべてが教科書通りに行くわけではない。また、社会制度に満点というものを作るのは難しい、しかし少しでも良くするように持って行く、欠点があれば何とかカバーしていく、このような考えで、皆が育てていくのが「善い社会」ではないかと思う。

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