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2019年2月22日 (金)

聖徳太子の功績について

 今日、2月22日は、聖徳太子がご命日である。そこで聖徳太子に関する議論を行いたい。
 今回議論する話は、『天皇』という称号についてである。現在の我々は、『天皇陛下』と普通に使っているが、これが認められたということは、中華文明圏ではとんでもないことであった。つまり、中国にとっては、
  「まともな国は中国だけ、皇帝は中国だけにいる。
   周辺の属国は、『王』が支配する。」
というのが常識である。
 これを遣隋使の時点で覆し、『天皇』という称号を認めさせたのは、聖徳太子の力だったと思う。この点に関して、現在の歴史の研究では、
  「日本の軍事力を馬鹿にできなかった。」
  「隋が懲罰できる力がなかった。」
等の『現代的』な解釈が少なくない。また
  「勝手に名乗って、中国が放置した。」
という見解もある。
 しかし、ここに宗教という観点を加えると、対隋の関係では納得のいく解釈が出てくる。
 
 なお聖徳太子の著作として、「法華義疏」があり、法華経を講じたということは、広く伝わっている。法華経の教えは、
  「皆が仏性を持っていて将来は成仏する」
という、本質的に平等思想である。
 特に隋の煬帝は、天台大師智顗に厚く帰依していた。天台大師が重視したのも法華経であり、この思想を表に出されたら、煬帝も無礼と切り捨てることはできなかかったとおもう。
 また、聖徳太子の思想が仏教中心ということは、その後の儒教の日本への影響を防ぐことになり科挙制度の導入も阻んだと思う。儒教・科挙の思想が入れば、自然と中華思想に支配され、中国の属国化していく。これを聖徳太子は拒んだと思う。
 このように、歴史を見る時に、その時代に生きた人間の感覚を再現することで見えてくるものがあると思う。
 

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