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2019年3月 4日 (月)

スマホ時代の思考法で『正義』について考えてみた

 昨日の話の続きで、スマホ時代の『正義』の扱いについて、もう少し考えてみた。
 昨日も指摘したように、スマホ時代には、
   「具体的な画像・動画による投稿は誰でもできる。」
   「その情報の評価、(イイネ)も誰もができる。」
という、発言のハードルが下がっている。
 そこで、『正義』のような抽象的な概念の扱いはどうなるだろう。
 従来の場合は、『正義』というラベルに対して、どのようなものであるという定義が行われる。この定義に関して色々な議論が行われる。なお議論は、言葉で記述されたもので行う。次にその概念に対して、他の概念との関係や、具体例との関係、上位概念との関係などが、議論されていく。こうした概念間のネットワークが密になっていくと
   「納得した」
と言う感じになる。これが一つの形ではないかと思う。
 一方、スマホ時代では、色々な実例が展開し積み重なってくる。このイメージの方が先に出てくる。こうして、イメージの共通的なモノと言う感じで、『正義』の概念ができてくるように思う。確かに哲学的な議論で、これを言葉で表すことはできるだろうが、その前にイメージの積み重ねが作るものが大きく影響する。特に議論で負けても納得しない人には、このようなイメージの働きが大きく影響していることがある。
 このようなイメージが重要になったときには、その概念に対する集中ということで、もう少し考えてみた。言葉としての『正義』に集中するのではない。イメージの塊に集中である。これは、瞑想というものに近いものかもしれないが、やってみるといろいろなものが見えてくる。例えば、『神』との関係で、『正義』を考えてみる。また、『権力』との関係で、『正義』というものを考えてみる。
 このようなものをもう一度
  「画像化する」
と多くの人が納得がいくのではないかと思う。
 権力と正義の関係ついては、日を改めて議論してみたい。

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