ご縁のあった人たち

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2019年4月 7日 (日)

多面的な見方と反省の関係

 ここしばらく、多面的な見方について議論している。そこで先日のNHKの、平成の振り返りを見て、考えてしまう問題があったので、忘れないうちに書いておく。

 平成の大事件と言えば、神戸の連続殺傷事件を忘れてはいけない。この事件には、もう一つ大事な続編がある。つまり犯人「少年A]が手記を出したことである。この手記については、色々な議論があった。確かに、被害者ご遺族の心を傷つける内容があり、その意味で出版を差し止めたいという気持ちもわかる。しかし私は、この本に別の意義を見いだしている。それは、

  「医療少年院における犯罪性の精神治療の失敗事例」

を明確に記述している点である。この内容に関して、日本の行政や司法は、きちんと反省して貰わないといけない。犯罪者の更生は大事だが、その前に、善良な一般市民の安全が大事だと思う。そのためには、犯罪性を持った人間が、野放しされる可能性を指摘した本は、貴重な反省材料である。

 しかし、この話はそれだけにしてはいけない。このような話ばかり議論をすると、少年犯罪の問題では、直ぐに厳罰化に走ってしまう。私も、一人の人の手記などに触れるまでは、同じ意見であった。

 しかし、戦慄かなのさんの色々な記事や、活動に触れるて、考えが変わってきた。彼女の発言などを見ても

  「少年院によって救われる人間もいる。変わる子もいる。」

という面からも議論しないといけない。

 どうも我が国の議論は一方的になり、無効か大成功の二択になっている。両面をきちんと見ながら、少しづつ改善していく。これを後押しする世論が必要ではないかと思う。

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