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2019年4月17日 (水)

面接採用に変化が出ているのではないか

 面接というもの関して、少し思いついたことがあるので議論してみたい。私のような年寄り(60代後半)のイメージでは、

  「面接採用は学力重視の弊害を除くためである。」

という発想がある。いわゆる

  「成績しか取り柄がない」

人間の弊害を少なくするためである。理由をもう少し考えてみると、

  「経済的に恵まれていない子は、若いときから働き、人間関係などで経験深いから」

という理由がある。

 しかし現在の面接では

  「話し方の姿勢や論理性などが評価される」

ために、どちらかと言うと、所得に余裕のある家の育ちの方が有利になるように思う。

 この理由に関して、私の持っている仮説は以下のとおりである。

  「現在の高学歴化した社会では、選抜側が論理性などの訓練を受けている。
   そのような『学校的文明』による評価力が自然に入っている。」

これは、多くの人が、論理的な議論法を使いこなすようになると、判断基準が自然と影響を受けるということである。

 子供の時から、読書などを行い、事実と意見の分離などを自然とできるようになる。これができることできないことハンディは大きくなってくるように思う。 

 

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