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2019年4月18日 (木)

歴史の勉強に主体的に取り組むとは

 先日から、天台の本覚思想を少し勉強した。そこで分かったことは、主体性と主観的の違いである。

 ここで、歴史の勉強に関しても、

   「主体的な取り組み」

ができるのではないかと考えてみた。私がここで言う『主体的な取り組み』とは、

   「その場を自分が全体責任を負ってみる。
    その世界の創造者の立場になってみる。」

ということである。創造者の立場は、取り込まれた主観的なモノではない。客観性は維持している。しかし、部分的ではなく全体として考える。

 このように考えると、色々とみえてくるものがると思う。

 一例として、湖北の里について考えてみた。(以下の資料を参考にした)

  http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/sekei/kokuei/kohoku/pdf/pamphlet.pdf

上記、農林水産省近畿農政局の「湖北の祈りと農」というパンフレットを読むと、昔の水の貴重さがよくわかる。

 しかし、その他にも当時貴重だった、鉄の道具も近くで作られていたという情報がある。現在の感覚だと、

  「農機具など、金を出せば変えるもの、ナイフなどすぐ手に入る。」

と思うかもしれない。しかし平安時代ぐらいまで遡ると、鉄の道具はとても貴重だったと思う。刃物などは、やっと手に入れたのでそれを大事にしたと思う。これが入手可能な湖北はかなりの文明圏だったのだろう。

 しかし、発想を変えれば、紙というものも貴重品だったと思う。従って、何か覚えるためには、字を書ける人間でも、木片に書くことも多かった。その木片も貴重なので、削って再使用する。このように、木を削ることが当たり前だったら、仏像の彫り物なども、比較的抵抗がなくできただろう。奈良時代などなら、仏像を彫ることの方が、仏画よりコストパフォーマンス的にはよかったのではと思う。

 また、このような「仏の教え」が土地に根付いている。他人の心も観れる、大乗仏教の教えが身についている土地だから、

  『水争いの平和的解決』

ができたのではないかと思う。当時の生活環境に宗教まで絡め、その場で生きることを想像する。これが主体的な歴史の学び方であり、現在に通じる教訓を得るものではないかと思う。

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