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2019年4月29日 (月)

他人の考えを推測する訓練

 私の昔の経験で、他人との関係でもう一つ思いついたことがある。

 私がソフトウエアの業務に従事していた時、後半の多くの仕事は、他人の作成したプログラムのメンテナンス作業であった。このような状況になったのは、当時の会社の管理上の問題もあるが、私もまだ未熟だったため、組織を変えるより自分で抱えこむ仕事のやり方をしてしまった。

 そこで多くの、他人の作ったプログラムのメンテナンス作業を行うことになった。プログラムのメンテナンスというものは、変更や増設を元から想定されていたものに対して、設定を変えるだけならすぐにできる。しかしながら、変更箇所が複数に及んだりすると、とても難しい作業になる。2か所の変更のために、全部のプログラムを読む必要も出てくる。特に他の部分に影響があるかどうかを検証することが難しい。

 確かにソフトウエアには、ドキュメントが大事ということはよく言われる。しかし、実際は作成時に必要な情報の列挙にとどまることが多く、メンテナンスのために必要な情報は、

  「どこかに書いてる」

という状況である。特に

  「これで十分」

という情報は書ききれていないことが多い。私もこのような書き方をすることができるようになったのは、多くの経験を積んで、保守をする人の気持ちが解るようになってからである。

 さて、このように「他人のプログラムの改造」を来なうときには、どうしても

  「作成者はなぜこのようにしたか?」

を考える必要が生じる。これは作成者の其れまでの経験などにも踏み込んで、理解する必要も出てくる。

 このようなプログラムの読み込みから、

  「他人の気持ちになって考える」

訓練が自然にできてきたように思う。

 苦しい改造作業だが、一つのスキル訓練にはなったように思う。

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