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2019年5月20日 (月)

学問における広さと深さの関係

 2013年の6月に何件か「すべてのアメリカ人のための科学」について、このブログで書いた。

 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/3-1c91.html

これは、1989年頃にアメリカが『科学的知識不足による敗北』を恐れて、学問的な底上げを狙ったプロジェクトである。しかしながら、このプロジェクトは、あまりにも多くのものを求めすぎて失敗した。

 しかし、この失敗原因は、多くを求めすぎたからだろうか?

 私も、前にこのブログを書いた時には、何か手を広げすぎだなと言う感じはしていた。しかしながら、今にして思うと

  「突っ込みが浅すぎたのではないか?」

と言う感じがしてきている。もう少し言うと、数学については、

  「形式体系だけの力でできることについて、深く検討し理解させる。
   その上で、形式体系が力学系などの物理現象を説明できる、
    『一般性』を持っている。」

ということまで、納得させる努力が必要だったのではないかと思う。

 つまり数学と物理学、そして自然現象という、抽象段階の異なる体系を貫くものを見出す力、これが育つまで、深く教える。

 そのあと一般化した知識ということで広く教える。

 このような深みと広さの関係が整理できていなかったことが、本当の失敗原因ではないかと思う。   

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