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2019年5月27日 (月)

「平成」時代の特徴 学校教育的世界観の過剰適応

 昨日の続きで、「平成時代」を見直してみた。私に見出した平成の特徴は、

「技術の勝利」
「学校の教科書が実現した世界」

という面が大きかったように思う。これは、昭和の時代と比べると良くわかる。例えば、昭和の40年代から50年代の初めでも、電子回路の技術者は、まず教科書通りの設計をしても、そのままでは現場では動かないという体験をしている。理由は、個別部品の製造技術と性能が現在とは、比べ物にならないほど劣っていたからである。集積回路など性能は低く、個別部品の力に依存していた。一方、抵抗やコンデンサなどの個別部品の製造工程も、現在の自動化と管理状況から比べれば、作業者に依存する部分も多く、ばらつきは多く存在した。

 このため、まず教科書通りの設計図案を描いた後、経験的なモノで外部雑音の対策や、個々の部品の軽挙妄動を防ぐための仕組みを入れていく。この部分は、先人の蓄積や現場の経験がものを言う。更に、自分で現場を体験しながら調整していく。このような経験を積みながら、技術者として成長していくのであった。

 しかし、平成の時代になれば、集積回路技術から、コンピュータ応用製品が多く生まれてくる。現場の作業に関しても、シーケンス制御を行うPLCのプログラムを書くと言う感じになってきた。このようなプログラムは

「教科書通りに作れば動く」

モノが多くなってきている。また、ノイズなどの対策に関して、

「ノイズの派生状況を理論的に教える教科書とそれを埋め込んだシミュレータがある」

という状況である。

 このようになった平成は。「言行一致の時代」というべきかもしれない。この弊害については、昔かいた。

http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-46cb.html

令和では、この見直しが必要だろう。

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