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2019年5月 4日 (土)

AKBシステムについて思うこと

 NGT48のトラブルを見て、色々と考えついたことがあった。まず、AKB48に始まるグループシステムの効果である。昔のタレントは、個人の力に依存していた。従って、

  「XXさんが活動をやめる」

と言ったときには、グループであっても解散ということになる。つまり

  『個人の意志による停止」

という危険性があった。しかし、AKBにようにグループメンバーの入れ替わりなら、

  「XXさんは卒業」

と言っても、グループは存続させることができる。このようにリスク回避の仕組みとしてよくできている。
 更に、メンバーを客の選挙という仕組みにした点も巧妙である。従来の、プロの選抜という責任を、利用者に投げることで、選択の責任を負わなくてもよくなる。さらに言えば、ファンの側も

  「自分たちが推した」

という参加意識、責任感を持つのでサポートが協力になるというメリットがある。

 しかし、ここで一つの問題がある。このシステムでは、ファンとの間の障壁を作りにくくなるので、暴走するファンの危険性がある。さらに悪いことを考えると、メンバーと悪質ファンの結びつきによる、他メンバーの追い落としなども当然予測すべきである。

 このように考えると、運営側の役割は、今までの芸能プロダクションの範囲と微妙に違ってきている。確かに、一般企業でも、「困った客」への対応は、大きな問題である。これができないのは、管理者としての責任であり、しかるべき人選をしないのは経営者の問題である。

 また、一般人による選択ということは、大きく考えると選挙制度の衆愚政治への転落危険性を示している。ブレグジット問題の某国などや、大阪都構想の選挙における宣伝など見ても、この問題が現在社会に大きく影響しているように思う。

 このようなことをゆっくり考えるべき時が来ているようにおもう。

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