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2019年6月 5日 (水)

歴史を学ぶ意味について

 この日曜日に、読売テレビの「そこまでいって委員会NP」を見たら、教育に関する特集があった。この番組は、個性の強い出演者がそろっているが、それだけ鋭い切込みもある。今回は教育の関する特集であった。色々面白い発言があったが、今回は

「文系・理系の壁をなくすということは、文系つぶしにつながる危険性がある。」

という発言に注目したい。これは、文系の学者たちには、色々な面で迫害されているという経験があるからだと思う。確かに、彼らの危惧は当たっていないこともない。実は私もこの件に関しては、生々しい話を聞いている。昔、ある大学の先生と話をしたとき、以下の趣旨で経験談などを言った。

「ソフトウエアのエンジニアをしていると、お客様の要求や社会の要求などを考えるために、社会学や心理学なども必要だし、法学のセンスも必要になる。」

この話を聞いた先生は、ニヤリとして

「そのアイデア頂き。実は情報関係で、新設学部を考えているが、文部省の発想では、一つの学部の分割では通りにくい。多くの分野の融合ということなら通りやすい。文系の学科を一部組ませると、文部省も認可しやすくなる。」

と言っていた。

 この話が示すように、情報関係の総合的な学部と言っても、文系の研究室は付け足しになることが多い。しかも研究予算は、設備が必要な情報系などに取られて、文系は少ない予算で大人しくしていることも少なくなかった。

 このような観点から言うと、文系の学問が、

「自分たちの存在が危ない!」

という危機意識を持つことは当然である。

 しかしながら、私のように一般企業に勤めた人間からすれば、このような危機感を感じたら、

「まずは有用性をPRすべし」

と思うのだが、そこの動きが感じられない。例えば、歴史学を学ぶ意味なら、

「マックスヴェーバーが行ったように、歴史的な状況を見て検討することで、多くのことが解る。」

という主張があってもよいと思う。現在のように多様化してくると、「清一色的文明」ではなく、色々な立場を考えることが必要になり、

「昔の人はなぜこのような行動をしたか」

等を考えるスキルを身に着けることは、今後とも役立つと思う。

 ただし、戦前の日本のように「神国日本」を教えるための、歴史教育になってはならない。これは現在も、朝鮮半島や中国などで、「日本の侵略:などという形の教育が行われている。韓国などは「李承晩ラインの不当性」は教えずに、色々と歴史教育を行っている。

 このような状況も知っておくべきだろう。 

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