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2019年7月29日 (月)

保守の政治家の一部が『家族』にこだわる理由

 先日、『年金も生活保護も「偏差値60を前提とした仕組み』なる記事を見た。

 言っていることはなんとなく判る。確かに役所の制度など、複雑であるが、

「その説明文書を読めないモノが悪い」

という発想があるように思う。さて、この問題に関連して、もう一つ踏み込むと

「誰か偉い人に読んでもらえ」

という発想が出てくる。つまり、家の長や、地域の長である。このような、情報理解による階層制度、これを維持するために、あえて難しい制度を残している。この可能性はないだろうか?

 もう一つ別の観点から言えば、

「理論的な理想化には、現実対応の調整や修正が必要である。」

ので、中間的な『長』が必要と考えているのではないか?

 この発想は、悪いモノではない。組織のフラット化をしすぎたから、色々な混乱が起こっている。

『平等』を押し出すのはよいが、ある程度の秩序のために、中間的な権威を置く必要をもう一度考えるべきではないかと思う。

 続編を書いた(2019/8/8)

 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-258ec2.html

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