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2019年8月19日 (月)

韓国の対応について一般化して考えてみた

 韓国の我が国に対する対応については、色々と腹の立つことがある。この理由を私は儒教精神の悪影響にあると思う。

 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-604364.html

しかし、この問題をもう少し踏み込んでみると,私たちの周辺にも,このような困った行動をする、人間は多くいるように思う。そこでもう少し考えてみた。

 まず韓国の問題の一つは,

「自力で建国していない」

点にある。彼らは,『戦勝国』と言っているが、サンフランシスコ講和条約には入っていない。もう少し言えば,アメリカに拒否されている。つまり、

「自力で戦って造った国ではない!」

と言うコンプレックスがある。中国に関しても,本当に日本と戦ったのは,前の国民党政権ではないかという議論もあるが、八路軍が戦った実績もある。しかもその後自力で戦った建国の実績がある。しかし、韓国には、

「まともに日本と戦って独立を勝ち取った」

と言えるだけの実績がない。まだ北朝鮮の方がある。これが,韓国の一つのコンプレックスになっている。

 従って、建国理由を『易姓革命』理論に求めて,『日本の徳のなさ』を追求することが、彼らの自尊心のよりどころになっている。従って,

「困ったときは反日行動」

と言う発想が出てくる。これを我が国では理解している人が少ないように思う。

 さて、このような『自力で得た地位でない』立場にいる人間は,私たちのそばにも少なからずいるように思う。もう少し言えば、

「昔の成績などを根拠に居座る」

人たちの話である。

「自力で得た立場でないから、色々なモノが説明できない!」
「説明できないから力で押さえつける。」
「またはわめき散らすだけ」

と言うような人間が多く存在する。

 もう少し言えば

「理由を説明できない『絶対的な正義』を振り回す」

人種が存在する。

 このような人種への対応はどうすれば善いのだろう?近づかないことが良いのだがそうも言ってられない。やはりある一線を越えると、力で抑え込む必要が出てくる。このような状況を考えると、アメリカ的な『民事訴訟社会』は一つの解決策かもしれない。

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