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2019年8月30日 (金)

小学校の生徒が整列して話を聞く世界が理想か?

 先日書いた、「国会の議論に関する記事」について、もう少し思いついたことがあるので補足しておく。昨日までの話は以下のとおり。

国会の議論は「勧進帳の演技ではない」  http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-3d7401.html

議論に関連して今まで書いてきた記事の整理  http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-ebc1fb.html

 この話で思い浮かんだ

「正しい議論の形は、質問と答えがかみ合い、結果が出る」

と言う価値観がこの問題に関係している点について、もう少し考えてみたい。つまり、大臣が質問を受けて、

「もう少し調べる、検討の時間をほしい?」

このような答えでも善いのではないかと思う。もっと言えば、

「文書にて公開します。」

と言う答えもありではないか。

 これをもう少し一般化すると、

「小学校の教室で、お行儀良く、先生の言うことを聞き、ルールを守り発言する。」

世界を理想としているのではと思ってしまう。この価値観に縛られると、

「事前準備をして、筋書き通りの芝居になるように持って行く」

ことが当然と言うことになる。そういえば、ある番組の

「子供の意見を聞くという企画」

「出演者はタレント事務所所属の子役」

と言う問題があった。このとき内幕を知っている人が

「(変に騒いだりしない)物わかりの良い子供を
そろえることが大変だから、タレント事務所の子役を使う」

と言う説明したが、これに私も納得してしまった。

 しかし、もう少し現実の多様性や、トラブルの存在に目を向けることが、現在社会に対応するためには大切ではないかと思う。

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