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2019年9月 3日 (火)

支配のパタン

 韓国の関連で、儒教や支配と言うことについて、少し考えを巡らせてみた。私見であるが、支配には4つのパタンがあると思う。

  1. 儒教的な権力を人徳などに起因する
  2. 納得させて支配する
  3. 科学的予測で支配する
  4. 総合的なストーリーを描き巻き込む

ここで、1.の儒教的支配は、中国や韓国に見る「人徳のある人間の支配」という発想である。もう少し言えば、支配階級の優越性を、「人徳」などの理由付けしたモノである。この発想は、下級階層への無理を押しつけることにもつながる。特に、李朝朝鮮は、地域の支配者を、科挙合格者にして、しかも有期限の配置にした。そのため、「自分のいる間にできるだけ領民から巻き上げる」発想が横行している。

 一方、2の納得による支配は、我が国の「聖徳太子の十七条憲法」に始まる、「話し合いによる納得」という制度である。これは、更に武家社会でも「一所懸命」の支配者は、領民の納得を得るような支配を行うことが多い。継続してその土地を支配するなら、一時的な強奪発想は通用しない。これは、ある程度の安定時期には、効果を発揮する。例えば徳川の平和がこのパタンだろう。

 さて、変革期などになると、科学的な予測で、今までの延長以外の状況に対応することも必要になる。急速な工業化などが一例である。徳川の支配は、黒船による急変に対応できない。このような科学的な発想は、「ある程度当たる予測」の力で、多くの人を従えた。

 しかしながら、科学的な発想にも穴がある。そもそも西洋文明的な科学は、ギリシャ文明の子孫であり、「プラトンの洞窟の比喩」の諦め発想がある。つまり「簡略化し解ることだけ議論する」発想である。単純化して考える。数値化するモノだけを見る。この弊害が、色々な面で出てきた。

 そこで現在必要なモノは、全体像を描き、その上で話を展開する、ストリー作りと、それを皆で共有する形で作り上げる、支配である。一方、個々人の状況を見ながら、適切な支援を行う、「親の立場」での、思いやりも必要になる。

 このような、親の立場で思いやり、皆の受け入れるストーリーを作り、実現させていく。これが新しいリーダーシップではないかと思う。

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