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2019年9月29日 (日)

地獄に仏か、地獄だからこそ仏か?

 昨日のNHK「ブラタモリ」は、比叡山であった。特に、常行堂の修行状況は迫力があったが、向かいの法華経の修行の話がなかったのが寂しい。確かに、テレビで取り上げるには時間問題もあって難しいが、法華経の懺悔の修行は、今一度見直すべきではないかと思う。

 私も、昔カウンセリングの勉強をしたとき、

「自分の心の闇に向き合う、懺悔の難しさ」

をなんとなく感じていた。

 しかし、昨日の比叡山の話で、一つ解ったことがある。

「地獄に仏」
ではなく
「地獄だからこそ仏」

である。

 つまり、自分が今までの悪行や、現在の心にある悪と向き合う。これこそが地獄である。しかしながら、

「それでも活かされている」
これこそ
「仏の力」

これを直観する。このような不安定な世界で、自分が存在することは、仏の力が必要である。これを地獄を見ることで、深く納得していく。

 昨日はこのように思った。

 

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