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2019年9月 4日 (水)

もう一つの「表現の不自由」

 『表現の不自由』という言葉が、色々と出ている。そこで、年寄りの繰り言になるが、今まで経験した『表現の不自由』を少しあげておきたい。

 まず、私が感じる『表現の不自由』は、言葉にできないモヤモヤとしたモノである。上手く表現できない、適当な言葉がない。このような感じのまま

「言いたくてもいえない」

と言う状況を経験した。次に、なんとか言葉にできても、

「そのような考え方はおかしい」

と否定去れ、押さえつけられる経験があった。このような『表現の不自由』に対して、ネット社会ではかなり、自由になってきたと思う。

 さて、今話題になることの多い、朝鮮半島関連の表現の自由に関して、上記の観点からもう少し歴史的に見てみよう。

 まず1950年代~60年代の話は、どちらかというと韓国への反発が多かった。これには、敗戦直後の引き揚げ者の話や、各地区での朝鮮半島出身者の暴力行為の話が、色々と伝わっているが、新聞などのマスメディアには、あまり報道されていなかった。一方、

「李承晩ラインに関する拿捕の話」

は色々と報道されていた。この時期は、どちらかというと、

「北朝鮮の悪口を言ってはいけない」

と言う空気があったように思う。

 次に、日韓の国交が正常化した後は、しばらくは

「韓国の軍事政権のことをよく言ってはならない」
「北朝鮮を悪く言ってはならない」

と言う空気が、特に進歩的な知識人から流れ、マスメディアもそれに同調している向きがあった。拉致事件の解決に関して色々な圧力があったのもこの文脈である。

 このような空気による『表現の不自由』は、マルクス主義教育が横行していた時代の流れと一致しているように思う。

 学生運動の時代には、彼らに押さえつけられる経験をした人間は少なくないと思う。

 さて、このような時代から、

『韓国の悪口を言ってはいけない」

と知識人たちが言い出したのはいつだろう。やはり小泉訪朝で、拉致問題が明確化した後だろう。

 今、『ネット右翼』が色々と批判されている。しかし、ここまでの『表現の不自由』の反動で考えると、ある程度見えてくるモノがあると思う。 

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