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2019年10月29日 (火)

流されない「情に棹さす」方法は?

 昨日の続きで、流されずに「情けに棹さす」方法について、もう少し考えてみた。

 私の考えは、

「情けに感性が深いのはよいことだが、
狭い範囲しか情けをかけられないの困る」

と言う発想である。

 他人に対して、優しくないなら、「知の暴走」となりかねない。人の痛みを感じないといけない。しかし、一部の経験などに振り回されることは、大局的な被害につながる。例えば。

「予防接収の副作用被害の訴えに押されて禁止した。」
その結果
「多数の病死者が出た」

と言うような事態も起こりうる。

 確かに、副作用の被害者への対応は必要だが、その感情に流されて、大局を失なってはいけない。 

 その解決は、広く人を見ることが大切だと思う。特に、現在だけでなく、将来の関係者も考慮する必要がある。

 一方、智慧を巡らして、できるだけ多くの解決案を考えるコトも有効だと思う。

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