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2019年10月30日 (水)

現実的な体験に基づく議論は落とし所がある

 先日、あるテレビ番組で、元大阪の市長・知事の橋下徹氏が、教育委員化に関して面白いことを言っていた。

 神戸市の教員いじめ問題や組み体操の負傷続出に関連して

「神戸では、市長が事故が多いから組み体操を止める様に要望したが無視された。
大阪では事故が起きないように止めさせた。」

これに対して、朴教授が
「教育の独立性は重要ではないか」

と指摘したが、橋下氏は
教育の独立の重要性は解っている。大事にしたいが
重大事故などの問題があれば介入する。」

と答えた。このように、

常識外れの事態なら原則を変える

判断ができるのが、現実主義者の強みであると思う。

 原理主義の場合には、0か1かの二分法の発想で、妥協できないことが多い。しかし現実は多様であり、前提条件が色々と変わっている。

 その中で、例えば、「障害が発生したら、教育の独立より介入が必要」というような判断は大切だと思う。

 一般的に、現実主義者は、色々な要求事項や制約の妥協の中で、なんとか落とし所を考えている。このような発想の大切さが現在見直されるべきではないかと思う。 

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