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2019年10月20日 (日)

「音楽を外に連れ出す」ために必要なモノ

 昨日に続いて,「蜜蜂と遠雷」から感じたモノを書いてみたい。

 この作品のテーマに

「(自然界に満ちあふれている)音楽を外に連れ出す」

と言う考えがある。

 これは、自然の恵みを受けると言う大切なことである。

 しかしながら、人間にとっては、これは大きな負担になることもある。世界は音にあふれている。そのあふれている音に向き合い、その中から『音楽』を見つけ出す。この負担をもう一度考えないといけない。無数の音、その中にある秩序を見いだす。もう少し言えば、無数の音の中から、一部のモノを選び、それを組み合わせて音楽にしていく。音楽に値するモノを、選び引き出す。

 今までのしがらみを捨てて、全てと向き合った上で、自分の感性だけを頼りに、もう一度選ぶべきモノを決める。『決める』というと、理性の働きに聞こえるかもしれないが、全身で反応し『感じる』べきモノだろう。

 この段階の苦しみに向き合う覚悟と力が、創造には必要である。

 しかしながら、毎日このような、全てを受け入れる対応をしていれば疲れてしまう。実際、HSP(高感覚処理感受性)と言う人たちの苦しみについて、色々な議論がある。

 私はこの問題に関しては、大乗仏教の唯識の教えが、解決のヒントになると思う。唯識では

  1. 表面的に出てくる意識(前六識)
  2. 前六識に登るモノを選択するマナ識
  3. 全ての知識体験等が入っているアラヤ識

の存在を考えている。つまり、私たちが意識に登らせ考えているモノは、世界の全てを認めたアラヤ識にある情報を、マナ識で選択した結果と考えている。このマナ識の作用が無意識に行われることで、偏見等の発生があると考えられている。

 しかし、私は『マナ識の選択作用』こそ、人間が楽に生きていくための知恵だと思っている。あまりにも多量の情報に触れるのではなく、必要なモノだけを感じることで、楽に生きていくことができる。

 もう一つ大事なことは、このような『マナ識』の作用は、ある程度コントロールができるのである。私自身、諸般の事情でHSPの傾向があるが、今までの経験や知識を生かして『マナ識』の選択能力を上げる様にしてきた。また逆に、色々と新しい発想が必要になれば、『マナ識』の選択作用を、『眠らせる』ことで、色々な発想を引き出している。

 このような、『マナ識』の存在を意識し、そのコントロールを考えることが、創造と日常生活の両面に役立つと思う。

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