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2019年11月 2日 (土)

高学歴社会の問題点 あまりにも専門化しすぎた社会

 先日から、高学歴社会の問題に点について、少し考えている。今回指摘したいのは

「高学歴者の高度専門性の弊害」

についてである。私が近頃気になったのは、社会の色々な問題に対して、弁護士に頼りすぎていることである。これをもう少しかみ砕くと、

「現在の社会は複雑化している。それを動かすのは法制度であり、その専門家である弁護士に依存する。」

と言う面があると思う。しかし、弁護士という体質は、

「法律に基づいて、依頼者のために戦う」
「片方の利益代表的発想」

が根本にある。

 この問題を、例えば犯罪関係者の救済という問題で考えてみよう。実際の犯罪においても、そのことで傷つくというか(広い意味で)被害を受ける人は多くいる。ちょっと思いつくだけでも

  1. 実被害者
  2. 被害者の家族など
  3. 加害者の家族
  4. 加害者自身
  5. 周辺地域の住民などの関係者

と言う風に、多くの人が傷つきケアが必要である。

 しかし、現在の施策を見れば、まず犯罪者自身は、刑罰を受け、その後の更生の議論がされている。また犯罪者に対しては、必ず弁護士がつくという形でのケアもされている。

 一方、被害者自身に対するケアは、ようやく行政が動き出した段階である。遺族が裁判に遺影を持ち込むことすら、色々な苦悩の末に認められた。(刑事裁判の被告側の弁護士の主張で、「遺影などを持ち込まれて、感情的に影響されて被告が不利になる」という声で持ち込婿とが許されなかった。)

 さて、被害者家族のケアであるが、一部は民事訴訟などを含めて、支援する動きはある。しかし、まだ十分とはいえない。

 更に、加害者家族の場合には、多くの人が社会からの迫害を受けている。この場合にも、成人家族などで「監督責任のある場合」の社会の追究は仕方ない面もある。しかし、犯罪時に未成年の「責任応力のない子供」に対しては、やはりケアが必要だろう。

 ここで最初の議論に戻すが、この犯罪関係者の支援に対しては、私が上に書いた、1~4は優先度があるように思う。やはり被害者側の対策を優先し、その上で加害者側出ないと、大衆には心情的にも受け入れられない。しかし、個別に弁護士活動として、対応を考えるなら、

「一つ一つの問題の解決」

が優先する。本当に必要なモノは、全体を見て政治的な救済を考えることではないかと思う。

 なお、アメリカなどの場合には

「裁判結果を積み重ねて法律化していく」
「現行制度の不完全さを認め、判例で修正していく」

と言う

「国の成り立ちからの発想」

がある。このような国では、弁護士がまず動くのはあると思う。

 日本の場合には、

「ある程度完成度のある制度を求める」 

と言う政治風土などがあるので、政策として全体的な話を提案することが重要ではないかと思う。

 さて、この話と少し関連するが、昨日の「元少年院」タレントの戦慄かなのさんが、皆を率いてハロウィンで汚れた町のゴミ拾いをしている写真が出た。現在の少年法では、神戸の連続殺傷事件犯のように「どう見ても更生失敗」という事例もあるが、戦慄かなの嬢のような成功例もある。このようによい例も見せながら、多面的な議論が必要だと思う。

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