ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 世の中の可能性とつながりについて | トップページ | 支配の形を交流分析と宗教で見てみた »

2019年11月11日 (月)

中小企業の生産性について 大企業と同じ尺度でよいのか?

 一昔前に,「生産性」について色々と物議を醸し出したことがあった。

 しかし、深く考えを進めると,私たちは「生産性」についてどれほど知っているのだろうか?私がこの問題について,もう一度考え直すと思ったきっかけは

「生産性の低い中小企業の淘汰」

と言う意見を目にしたからである。

 私自身は、大手メーカに所属し、技術者として経営スタッフとして、そして事務系の管理職と言う多様な経験をしている。自慢ではないが、提案書や報告書の作成能力は高い方だと思う。役所などに対する申請書や報告書なども直ぐに作ることができる。このような私の仕事は、

「生産性が高い」

と評価されるのだろう。

 しかし、もう一歩踏み込むと,そのような文書は必要なのだろうか?確かに、役所などでは公正を期するために,きちんとした文書は必要だろう。それを、小さな組織や個人の仕事で,どこまで必要になるのだろう。この問題の一つの答えが、30年ほど前のコンピュータソフトウエアの生産性議論で出ている。そこでは、数千行以下の小規模システムでは、非常に高い生産性を示す場合がある。一方、数万行ぐらいで生産性は低下し、数百万等の大規模システムになると,生産性が上がってくる。

 この現象は定性的に説明すると以下のようになる。

  1. ごく小規模のシステムは個人プレイで動くので文書なども最低限で効率がよくなる
  2. 中規模の場合には管理文書が多くなりそのための作業が必要で効率が落ちる
  3. 大規模の場合には生産支援のスタッフを置く余裕があり設備導入などもできるので効率がよくなる

このように考えると、中小企業にはそれなりの管理方法があり、大企業的な管理尺度を当てはめることで、「非効率」と攻撃しているのではないかと思う。

 もう少し踏み込めばMBA手法などで計る生産性が、個人経営の会社などで適切だろうか?

 こういう観点での議論も必要ではないかと思う。

 もう少し言えば,中小企業の生産性議論を行うためには、大企業中心の管理方法や、役所などの文書のやりとりを、支援する仕組みを作ることも有効ではないかと思う。

« 世の中の可能性とつながりについて | トップページ | 支配の形を交流分析と宗教で見てみた »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 世の中の可能性とつながりについて | トップページ | 支配の形を交流分析と宗教で見てみた »