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2019年11月27日 (水)

分散して働くためには自立が必要

 前の記事では、「AIが分散した貢献をまとめる」形での、新しい経済活動の可能性について議論した。

 このような勤務形態は、江戸時代なら『問屋制手工業』という形で存在した。さて、この話で大切なことが見えてきた。

「働く人の生活は誰がどのようにしてみるのか?」

と言う問題である。

 『生活』と言ったのは、単純に現金収入だけではない。確かに、SNS上の画像情報から、必要な情報を抽出するなら、これに対する報酬との支払いという問題は生じるが、その問題は少し置いておく。(情報収集の価格破壊という問題でデフレ発生の危険性がある)

 今回議論したいのは、

「集団生活による育成機会」

の問題である。つまり、日本の会社制度では、会社の中での上下関係で、色々なモノが伝達されていた。この伝達機会の必要性の議論と、必要ならば代替えをどこに求めるか、という議論である。

 一つの理解は、交流分析で言う

「親ー子」型 -> 「成人ー成人」型

への変換である。個人を尊重して、『成人』として扱う。しかし、そうなれば、『成人』として必要な、スキル習得などをどこで行うのかという問題が生じる。従来の日本社会では、多くのスキルは、組織内に属した人間の上限関係で伝承していた。しかし、分散独立社会ではこれは成立しない。

 一つの案は、物語やゲームでの伝承である。今、新作が出た『十二国記シリーズ』や、NHKで放送された『守り人』のシリーズは、どちらもファンタジーの形で、人間の成長ということにしっかり向き合っている。

 このような解決策もあるのではと思う。

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