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2019年11月30日 (土)

物事を総合的に見るのが政治ではないか?

 現在の国会での『議論』らしき事柄を見ていると、どうも『表面的・一面的な見方』しかできていないようだ。確かに,欠点の指摘には,一つの立場から『被害者』としての発言は許されるだろう。しかし、国会ともなれば、『その後はどうする』という議論も必要だと思う。

 このように考えると,政治家の仕事とは何か、少し見えてきた。色々な目的はあるだろうが

「最大多数の最大幸福」

は一つ残ると思う。少なくとも

「絶対の正義」

を振り回す人間よりは、暴走の歯止めがあるだけ安全である。

 さて、私が考える政治家の役割の一つは

「トロッコ問題への向き合い」

である。『トロッコ問題』とは、

「自分が行動することで、少数の犠牲で、多数の命が救われる」

状況での決断である。ここで、『少数の犠牲』を『一人の人を殺す』と書き換えると、インパクトが大きくなる。この重みがトロッコ問題を難しくしている。

 しかし、政治の決断は、このような問題が多い。

某代議士が、自分の支持者の
「中小企業経営者が自殺した」
と強弁して中小企業の補助金施策を強引に通した。

その結果、ゾンビ企業が多く残り、結局日本経済の競争力が落ち、
就職氷河期などの被害者では自殺などに追い込まれた人もいる。

このような事例も、『拡張したトロッコ問題』と見るべきだろう。また、特定ワクチンと副作用問題も同じ図式である。一人の被害者の大声で、多くの人が病気から救われる機会を奪ってしまう。

 このように、政治の場においては、ある程度の苦難を人々に強いる必要がある。

 さて、ここで大事なことは、『トロッコ問題』は、あくまで学校の教材と言うことである。単純化し極端化している。

 しかし政治の場合には、現実的な対応が必要である。例えば、上記の『潰すべき会社』の問題としても、

「経営者としては引退させる。人間としては生活できるようにする。」

と言うセイフティネットの発想が必要である。予防接種問題へも、副作用への対策を講じながら施策を進める必要がある。

 このような総合的な対応が、政治家には必要ではないかと思う。

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