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2019年12月11日 (水)

古代の鉄器について

 昨日の続きで、古代の鉄についてもう少し考えてみた。弥生時代の鉄器は、

「朝鮮半島などから輸入した」

という学説が有力である。確かに、当時の日本の技術水準と、大陸の技術水準には、大きな格差があるので、弥生時代の火力では、製鉄ができなかったから、鉄器は輸入品であったという意見には納得する。

 しかし、この意見には、

「当時の流通状況を考えると、大陸から大量の農具が運ばれたのだろうか?」
「交易手段はどのような形か、物々交換の代償はあるのか?」

と言う疑問がある。現在の環境では、流通がしっかりしていて、貨幣経済も成立しているから、『よい品を安く』作れるところからっちょうたつすることは理にかなっている。しかし、当時の丸木舟が少し進化した船で海を渡る交易では、貴重品しか入手できなかったであろう。

 ただし、ここから

「日本の技術で鉄が生産できた。農具も日本で生産した。」

と言い切るのも危険である。少なくとも、模範となる鉄器は、大陸からの輸入品であったろう。そのためには、奴隷などの貢ぎ物をして、鉄の道具を下げ渡されるという関係であったと思う。しかし、このような模範品を見て、自分たちの力でなんとか同じようなモノを作る。これが私たち日本の先祖の力であったと思う。

 「古代の鉄と神々」の中には、

「800度程度の熱を加えて、鉄を鍛造する。」
つまり
「弥生式土器製造と同程度の温度での鍛造が可能」

と言う可能性を示している。

 このように、量的な実現性を説明する議論も大事だと思う。

 なお、全てが日本製という議論にも、難点がある。やはり模範品を大陸の文明国からもらったのだろう。

 1か0かという極論でなく、色々な妥協を考えると現実の姿が見えてくると思う。

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