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2019年12月 5日 (木)

唯一絶対の正解を求める教育の原点は明治維新後の新政府にある

 昨日書いPISAの読解力試験の最後の問題に関して、正答率が悪いと言うことで色々と論評されている。私は,この問題の正答率の低さの一要因として

唯一絶対の正解へのこだわり

があると思う。

 この問題の正解例を見ると、

  1. 人間原因説
  2. ネズミ原因説
  3. 判定不能

のどれでも、

根拠と結論の関係がしっかりしていれば正解

となっている。しかし、日本の学校教育では,少なくとも高校ぐらいまでは

『唯一絶対の正解』

を求めるような,価値観が支配している。芥川の『藪の中』のような作品もあるが、それでも『正しい犯人』を求める人は多い。

 さて、このような正解にこだわる教育は、どうして生まれたのだろう。私は,この原点を明治維新後の新政府の教育体制にあると考える。明治維新の種々の状況が重なって、このような『正解主義』教育が生まれた。

 まず一つ目の理由は,文明開花が,

「西洋の先進文明への追いつけ型」

であった。追いかけるのだから,先行した正解を求めるだけでよい。二つ目は、このような情報を急速に普及させるためには、多くの指導者を確保する必要があった。そのため、

『お上が決めた正解を詰め込む』

ことができる教師をそろえて、学校教育を確立していった。(根本的な思考ができる人材は、一部の限られた人である)

 さて、ここでもう一つ、正解主義の推進者とその動機を解明しておきたい。私の仮説は、

「伊藤博文などの元下層武士達が、
実力主義を推し進めるため、
テストの点数を絶対的な価値とした。」

そのため

「試験制度は正解がきちんとした厳密なモノが望ましい」

と言う発想があったと考える。

 総理大臣にもなった,伊藤博文のような権力者も、江戸時代の身分制度では、下級武士の生まれであり、明治時代になっても,士族や華族のなかには、生まれを持って軽んじる人がいた。また、西南戦争時にも一部の旧公家は、

「士族中心の兵隊でないと,西郷軍には勝てない」

と旧身分制度の復権を主張した人がいた。これに対して、長州の下層武士や武士以外から出てきた,伊藤博文や山県有朋達は激しく抵抗した。

 彼らの

「身分制度から実力主義へ」

と言う思いが、成績による人材登用であり、そこでは試験の公平性、客観性を重視して,厳密な採点を求めた。

 この文脈で考えると,日本の学校教育の正解主義が解ってくる。

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