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2019年12月28日 (土)

均一性の落とし穴

 先日、NHKの「あさイチ」で、中高一貫校の受験について取り上げていた。受験問題に関しては色々と言われているが、今回は多様性の経験という観点で少し考えてみたい。実はこの問題は、橋下徹元大阪市長が子育て論で指摘していた

「私学の中学・高校の出身者は、ひ弱な面がある。多様な人間に接する力が弱い。」

と言う議論について、自らの経験とも照らし合わせて思ったことである。

 私も、貧乏育ちであるが、幸いにも小学校の時に、算数の文章題を多く解く経験、そして本を読む経験があった。これが私を優等生への道を開いてくれた。さて、小学校中学校は順調だったかと言えば、そうともいえない面もある。いじめなどもあるし、色々と問題児も多くいた。

 その後、高校は公立だが進学校に進むことができた。そこではほっとしたことを覚えている。何か、人間関係でも、ある程度の均質さがあり、楽であった。ただし私自体が異端児であった。

 さて大学に進学したが、ここでも何となく違和感を感じた。どうも周辺の人の生活水準は、自分よりかなり上である。この人達の常識は、自分にはないものだと思う。確かに自分にも問題はあるが、大学の多数の人種にも、本当の貧乏人の気持ちなど理解できていないように思った。

 その後、会社に就職したときは、大手メーカーだから、多様な人間と触れるようになった。

 この利点が本当に解るのは、60歳を超えて会社をリタイヤする頃だったと思う。

 しかし、現在の政策を検討する霞が関の官僚の人たちの多くが、一流大学卒の有能な人材であり、このような均質性の罠にはまっているのではないか、これが心配である。

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