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2020年1月15日 (水)

日本文明の二通りの参加者

 日本文明においては、大乗仏教などの影響もあり、

「全知全能の仏の智慧を人間も持てる」

という信仰がある。これは西洋文明の『洞窟の比喩』などが示す、

「人の不完全さの諦め」

とは根本的に違っている。しかしながら、ここで大事なことは

「だれでも仏の智慧を得ることはできない」

という現実的な問題である。しかし

「誰かが神仏の智慧を得ることは否定しない」

点が西洋文明と大きく違っている。つまり交流分析で言えば、

「誰かが親の立場で皆を良くしてくれる」

という、『無邪気な信仰』がある。特に指導者と思い込んだ人には、そのような『全知全能』を求めてしまう。このように日本文明の参加者は

  1. 指導者(親の立場で全てを観る)
  2. 従属者(子供として従う)・・・こちらが大多数

という二通りの人材構造になる。西洋文明の、

「皆が成人として対等の関係」
神の下での平等

という発想と根本的に違っている。

 しかし、現在の日本の政治は、西洋文明的な民主主義である。そこでねじれが生じているように思う。例えば

  1. 国会議員は皆を指導するだけの力のある人であるべき
  2. 国会議員は、国民のある部分の代表(代弁者)

という二つの考えがある。1.は『親としての議員』であり、2.は『子供の立場での議員』と言うことになる。

 この点を誤解し混同するから、議論が乱れると思う。『子供の立場』の議員がいても良いとは思うが、政権を取ることは難しいと思う。

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