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2020年1月27日 (月)

承久の乱に関して リーダーシップの観点で一考察

 承久の乱は、山本七平が指摘するように、

「武士が天皇(上皇)の権威を覆した革命」

と言うべきだろう。

 承久の乱については以下のウィキペディアの記事が詳しい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/承久の乱

しかし、ここで従来から議論のある一文がある。

泰時は途中で鎌倉へ引き返し、天皇が自ら兵を率いた場合の対処を義時に尋ねた。義時は「天皇には弓は引けぬ、ただちに鎧を脱いで、弓の弦を切って降伏せよ。都から兵だけを送ってくるのであれば力の限り戦え」と命じたと言う(『増鏡』)

この記述は、増鏡の成立時期や、公家側の記述という背景を考えて、「公家の願望」という説も有力である。

 しかし、これは見方を変えれば、武家社会が考える、リーダーの姿でもある。つまり

「(天皇や上皇が)自ら先頭に立って、皆を率いる場合は、
武士達は従う。しかし、部下任せなら従わない。」

と言う考えは、武士の多くは納得したのではないかと思う。

 現在でも、

「先頭に立つリーダーには従うが、
安全地帯から指示するだけの(名ばかり)リーダーは無視する」

ことが多いと思う。

 

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