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2020年1月12日 (日)

日本的な意思決定の成立条件と限界

 昨日まで何度か書いた、日本的な議論と意思決定方式が成立するためには、

「ぼんやりとでも全体像」
例えば
「先行した成功事例の存在」

が必要である。つまり、

「中華文明を追いかけた時代」
「西洋文明を追いかけた明治以降」

のどちらも、先行した文明があり、それを冷静に評価しながら実現させていく。このために

「多数の体験や知恵を持ち寄って、良い物に仕上げていく」

ことが日本的意思決定であった。

 しかし、ここで大きな問題がある。

「日本人は西洋文明の根底にある、ギリシャ哲学、キリスト教そしてローマ法の全てを表面的にしか知っていない」

特に、プラトン以降の哲学と、キリスト教の示す

「神の絶対性と人の知識の限界」

に対する配慮がなく、逆に

「今あるモノが最善で変えられない」

という自縄自縛状態に陥ることがある。アメリカ人は、日本に「平和憲法」を与えたが、それを今でも保持していることに驚いている。

 これは、

「余所の良いと思うモノをつまみ食いしたから、本質を考えていない」

日本的思考の悪影響だと思う。

 ただし、『和魂漢才』や『和魂洋才』を唱えた人には、本質まで考えて換骨奪胎をした人がいた。これがおかしくなったのは、明治以降の

「効果的な教育システムによる知識付与」

の結果ではないかと思う。昭和の『空気の暴走』は、

「本質を考えず与えられた知識を絶対と考える」

人材多発が一つの条件となっている。

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