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2020年1月25日 (土)

明治以降の「日本教」はそれまでの日本教と変化した

 先日まで『日本教』について、山本七平の議論を踏まえて、色々と考えてきた。その中で、山本七平の議論は、主に明治維新以降の日本の体制に検討を加えているように思う。確かに、日本的革命と言うことで、承久の乱に関しての考察は鋭いが、『空体語』が猛威を振るうのは、明治維新以降の話だと私は考えている。

 そこで、明治維新以降の『日本教』と、それまでの日本教に関してはどこが違うのだろうか?私は以下の二点で違っているように思う。

  1. それまでの地方分権的発想での多様性が明治以降はなくなる
  2. 西洋文明の科学の力がかなり影響している

 まず、地方分権と言ったが、これは江戸時代の各藩の独自性が頭にあった。しかしそれ以外にも、武士の道徳と商人の道徳が独立した面もあるし、僧侶と儒者も独自の発想があった。これらが、互いの独立性を認めながら相互に歩み寄っていた。これが徳川の平和の一面だと思う。次に、西洋文明の科学は、圧倒的な力を持っていた。これを吸収できるように、学校制度などが急速に普及していく。それまでの、日本の文化吸収は、和魂漢才の時も、長い時間を費やして、咀嚼していた。このような悠長なことが許されないのが明治期であり、これに耐える学校制度などが無事展開したのは、それまでの『日本教』の力であった。

 しかし学校制度などで学ぶ、西洋文明的発想が強く入り込み

『正しいと言うことが西洋文明の理論的にいえる世界』

が部分的にでも展開した。

 このような影響を受け、『日本教』は、一様な西洋文明対応の『日本教』になったように思う。

 この結果、多様性への対応力がなくなったのが現在の問題だと思う。

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