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2020年1月29日 (水)

日本文明の特徴の一つ『仮名漢字交じり表記』

 日本語の論理性に関して、色々な議論がある。しかし、西洋文明の論理に関して考える時には、記号の扱いについてきちんとした議論ができている点を、もう一度考え直すべきだろう。私も、パースの記号論は少しは学んだし、マクルーハンのメディア論も読んだ。更にフッサールの現象学は難しすぎるが、一般意味論は少しは理解した。直せまい意味での論理学は、古典論理と様相論理、そしてゲーデルの色々な数学的論理の議論も読んだ。これらを踏まえて、日本語の論理と言うことについて、私見を述べたい。

 まず、大事なことは、日本語の論理は、インドや中国の東洋的論理が、土台にあるが、現在の私たちは、学校教育で学ぶ西洋的な論理を重点的に学んでいると言うことである。比喩を主体の東洋論理は、日常会話で使っても、学問や法律論等の『論理的』な考えと言うときには、できるだけ抑えるようになっている。もっと言えば、禅の『不立文字』が尊ばれ、議論にならないところが、東洋的な美点などという面もある。

 さて、日本語の論理は、中国やインドから来た、東洋的なものだけだろうか?

 私は、日本語の特性からして、中華文明とも西洋文明とも違う、独自の論理があると思っている。

 これは、マクルーハンのメディア論が指摘しているが、表音文字と表意文字の文明の違いからの発想である。漢字のような表意文字は、習得が難しく、その文字を使う特権階級の独占になる。これは中国の科挙制度による、特権階級支配に当てはまる。一方、フェニキア文字等の表音文字は、誰もが文字を使えるが、文字自体の意味がなくなるので、記号としての使い方にきちんとしたルール付けを行わないといけない。

 つまり、文字に意味を込めてそこで考えるか、記号としての処理ルールを決めてその上で考えか、この二つの手段のちがいが、中華文明と西洋文明の違いにつながっている。さて、ここで日本の場合には、仮名漢字交じりと言うことで、両者の使い分けを実現している。仮名の表音文字としての、誰でも使えるメリットを生かし、その上で漢字に込められた意味を生かして伝達している。

 そこで日本的な論理というか、議論や推論は、

「多くの人が理解できる物語」

が中心になっていく。これは、中華文明とも異なり、西洋文明とも異なっていると思う。

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