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2020年2月 1日 (土)

日本教における空海と最澄のちがい

 今年に入ってから、日本教について色々と考えている。今回は、日本の仏教に大きな足跡を残した、空海と最澄について考えてみた。日本文明において、空海の果たした役割は大きい。中華文明圏内で、中国に戦いで勝つことなく、独自の地位を保つことはとても難しことである。日本はこの何時を成し遂げた。その一つは、真言宗の八代目を正統に継承した、空海の存在である。仮名文字の発明者を、空海というのは無理がある。しかし、普及させるために、真言宗の八祖を継いだ空海が認めたと言う権威を使うことは大きな効果があった。

 一方、最澄は、天台宗を日本に広めたが、中国の教えを伝えただけであり、伝達者というレベルに止まっている。

 さて、ここで後世の影響を考えてみよう。高野山真言宗は、空海の教えが完全であったがために、その後の拡張は限られた範囲でしかできない。一方、比叡山からは多くの日本の仏教が生まれた。念仏、禅そして法華題目、さらには天台独自の密教もある。ただし、これらの日本仏教は、日本教の中の仏教と言う展開になっている。典型は

「浄土真宗など仏教か?」

である。

 このように考えると、本家の教えを部分的に、つまみ食いして、日本教に取り込んでいくためには、大量のお経を持ってきたが、体系化できなかった最澄が、完全系を持ち込んだ空海より、日本教にはふさわしかったように思う。 

 

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