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2020年1月 3日 (金)

議論の正しい形について

 議論の正しい形について、年末に緒方貞子氏の業績を、たたえるテレビを見ていて思いついた。そこでは

「多くの人が自分の主張をする。」
これに対して
「リーダーは皆の言うことをきちんと聞く。」
その上で
「決断はリーダーが下し、皆に従わせる。」

と言う形で、しっかりした議論が行われていた。

 私は、これが議論の本当の姿だと思う。色々な見方から、多様な意見が出る。その主張自体はきちんと聞かれないといけない。しかしそれを採り上げるかどうかは別の問題である。採択の決定権は、リーダーにある。

 ここで大切なことは、参加者の姿勢である。

「参加の目的は、会議に貢献すことである。」

この大前提を忘れて、

「自分の主張だけする。」
「自分の主張が取り入れられないと不満に思う。」

と言う、参加者がいると創造的な議論は難しくなる。特に

「自分の意見が完全に受け入れられない限り反対する。」

妥協のない人間は、扱いに困ってしまう。

 なお、

「部分的にでも自分の意見を取り入れれば満足する。」

人は、ある程度は貢献する可能性もあるが、妥協的な議論となって、

「根本的な問題を解決できない。」

状況になる。

 このように考えると、

「議論の成立のためには、参加者の成熟が必要である。」

となるが、もう一つの道は

「リーダーが一人一人の意見をきちんと聞くことで個人としての尊重を示す。」
(意見の採択と個人としての尊重は別と示す)

ことも大切ではないかと思う。

 現在の国会答弁では、このような面がお互いに抜けているように思う。

 確かに、「総理の首取り」ばかりを狙う一部野党の質問に、真面目に付き合えというのは難しい物があるが・・・

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