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2020年1月 9日 (木)

日本文明の特徴に関する私見

 山本七平の『日本教』の話には、賛成できる部分もあるが、何となく不満を感じる部分がある。そこで、私なりに『日本文明』について考えてみた。私の考えでは、日本文明の特徴は

「無邪気なほどのお上への信頼」

である。これは、儒教の

「徳のある人間が支配する」

と言うような、理性的に作られたモノでなく、心からの信頼があるように思う。例えば、大岡裁きや、北条泰時の政治に対する信頼感は大きい。テレビの時代劇でも、水戸黄門しても、隠密物にしても、体制側が皆を救うという話である。また、明治維新があれほどスムーズに進み、更に戦後はあっという間に体制改革が行われた。逆に言えば

「自分に都合のよいように判断する神様がいる。」

っという風に考える危険性もある。

 このような、『お上への信頼』はどうして生まれたのだろう。

 私の一つの仮説は、弥生時代からの大陸からの文明流入の歴史にあると思う。つまり、

「弥生時代から古墳時代に、日本列島に渡ってきた『文明人』は、鉄器などの道具と、農耕技術の指導ができる力があった。」
「彼らは、島国の日本と言うことを理解していたので、これ以上の移住を諦め、『一所懸命』に自らの血をよくするように努力した」

と言う二つの条件があったと思う。つまり、

『皆をよくしてくれる指導者』

という原体験があった。これは、世界の歴史でも珍しいことだと思う。大陸的な文明では、多くの侵略者がやってきて、過酷な支配を経験している。そこでは『無邪気なお上の善意』などを信じることは難しい。

 一方、日本列島の支配者は、道具や技術指導などで皆をよくすることができた。これは、徳川幕府の場合でも、単なる平和だけでなく関東の開拓や、貨幣制度の充実など、多くの恩恵を皆に与えている。このような実力ある支配の恩恵を、素直に受けたのが日本文明ではないかと思う。

 先行文明からの導入という利点を生かし、その地をよくする努力を行う。このような支配形態が日本文明の力だった。

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