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2020年2月 4日 (火)

「低学歴者」と馬鹿にされた人間のひがみ 今朝の日経BPから

 今朝の日経BP社の「低学歴化進むニッポン」という記事を見て色々と思うことがあるので、書いておく。なお私は、大学は修士課程修了でメーカーに入ったので、著者の河合薫PhD.の言う「低学歴者」であることを、お断りしておく。

 まず私自身の経験から言うと、大学での研究生活で論文作成のために必要な検討能力は、物事の根本を見直したり、報告書を作成したりするために有効活用できる面もある。これは厳密な検討能力という,一つの必要条件を鍛える訓練でもある。

 しかし、物事を成し遂げるためには,もう一つ大きなモノが必要である。それは

「全体像を描く総合的な検討力である」

大学の研究生活では、この部分の力が身についていない。従って、博士課程で訓練された以外の大事なモノがあると言うことを

「謙虚に認めてもう一度学び直す」

ことができるかという問題になる。これができないと、

「博士号はあっても使えない」

と言う状況になる。

 なお、大学に残っている場合には、教育の仕事に従事することも多いので、

「教えるために広く学ぶ」

ことが必要になり、自然と広い視野が身についている。こうして大学の中では問題が見えにくくなる。

 このような観点で、博士課程から企業という問題を議論すべきではないかと思う。なお私の経験談を参考にあげておく。

 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-d2ac04.html

また、博士号取得者が企業向けの思考法になる勉強を、シミュレーションしてみたのでこれも見てほしい。

http://manabizz.c.ooco.jp/IppanSystemKatuyou.pdf

http://manabizz.c.ooco.jp/IppanSystemKatuyou1.pdf

 

 

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