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2020年2月 8日 (土)

『正義』の『日本教』の元での暴走

 ヘイトスピーチ問題、SNS上での追及問題、これらのなかには

「自分は『正義』を行っている」

と言う思い込みのある人間がいる。このような人種が出てくる一つの理由は、

「国会等の政治家の一方的な追求」
「知識人と称する人種の反対派への追求」

をみて、まねしているからである。

 しかし、もう一つ『日本教』の立場で考えると

「『日本教』信者の『正義』の追求は危険性が高い」

と言う議論が必要である。理由は

「『日本教』の信者は、正しい真実を人間が知ることができると信じている」
特に
『自分の信じ込んでいるモノが『絶対的な真実』と信じる」

傾向がある。例えば、山本七平が描くように、2・26事件の首謀者達が、

「天皇陛下や軍幹部は解ってくれる」

と思い込み行動を起こしたのである。彼らにとって、

「昭和天皇が怒って近衛師団を率いて討伐する」

等の事態は思いもよらない。

 さて、『日本教』の信者でないなら、どのような行動になるだろう。西洋文明の場合には

「人間の知恵は神の智慧に遙かに及ばない」
つまり
「人間は完全なモノを知らない」

と言う前提があるので、『正義』の遂行に当たっても

「神との契約の元で行う」
つまり
「明文化した範囲で行う」

と言う歯止めがある。

 このような、『日本教』の暴走も感がないといけない。

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